再生医療など話題に欠かせないバイオテクノロジー。
多くの人から発展が待ち望まれているフィールドですが、論文実績は各国に遅れをとり、研究資金不足や、数年前のSTAP細胞事件など、問題は山積みです。
特に、バイオテクノロジーに携わる人の待遇があまりにも悲惨であることが、この分野の将来を暗示しています。
筆者も大学院時代は微生物や食品科学、いわゆるバイオテクノロジーを専攻していました。
興味があった分野だったため、勉強はとても面白かったですが、就活や研究室生活と、その内情はイヤというほど味わっています。
この記事では、バイオテクノロジーという分野に進学した人間がどんな苦労をするのか、実体験を元に解説していきます。
『あなたは、それでもバイオテクノロジーを学んでくれますか??』
この記事を読んで、どう思うでしょうか。
バイオ専攻の大学院生の生活
生物を実験対象にすると…
僕の所属していた研究室の別名は『不夜城』
24時間電灯がついており、誰かしらが実験などのために残っていました。
僕が微生物を培養している時も、培養時間は48時間、4時間おきにサンプル採取と言う実験プランを組んでいました。
すなわち2徹で実験するということ…
今でこそ自動サンプリング装置も発達しましたが、自動化したらその分別の実験が増えるのは今も昔も変わりません。
とにかく、生物(動物・植物・微生物)相手の実験は実験時間が読みにくいのです。
バイオの研究室では、実験生物、細胞こそがピラミッドの頂点なんです。
実験動物に異常が起これば夜中でも対応します。
哺乳類だと1匹に数ヶ月、数年スパンの実験結果がかかってます。
バイオテクノロジーの研究室において、大学院生は、マウス以下の存在だったのです。
バイオ専攻の就職活動
化学、機械専攻に見せつけられる圧倒的格差
ピペド、ポスドク、就職難、手に職がない…など悲惨な言われようですね…
しかし、僕が在籍していた研究室の就職先を見ると、大手ビール会社などの食品メーカー、大手製薬メーカー等の研究職がズラリ。
僕の専攻は応用研究、すなわち企業でも活用しやすい”実学”の分野だったため、企業からの需要もそれなりに強かったのです。
流石に化学や機械専攻ほどではありませんが…
ただ、僕が就活していたのは2010年頃。
いわゆるリーマンショックにより、就職氷河期と言われていた頃です。
この通り、2009→2010年で、内定率がカクン↓と下がっています。
そして2011年を境にまた上昇してると…
まさしく谷間の世代です。
新卒では、中堅〜大手の間のようなメーカーに就職しました。
僕は同期の中では、かなり順調に就活を進められた方なのですが、
ある教授はその世代の学生を指し、
『ウチの大学を出といて、今年の就職実績はなんだ!!』
と騒いでたらしいです。
さて、そんな超氷河期でも、本当に強い専攻には関係ありません。
有機化学専攻『大手化学メーカーにリクルーター経由で内定決まりました!』
機械工学専攻『大手自動車メーカーに推薦で決まりました』
彼らには、就職氷河期は関係ありません。
なぜバイオは就活に弱いのか①『需要と供給のミスマッチ』
まず、ポピュラーな進路である、
『生物、農学系の修士課程における、メーカー研究職への就職』
はとにかく狭き門です。
機械、電気電子系の企業と比較すると、食品、化学、化粧品メーカーの研究職は本当に枠が少ないです。
文部科学省のデータを参考にしましょう。リンク先では、大学や企業の研究者数がデータ化されています。
まず、平成28年度の大学の研究者数。
これは、ポスドクや博士を含む研究従事者総数です。
修士課程の学生は含まれていませんが、良い指標になります。
電気・通信系:約10,000人
化学系:約4,000人
生物系:約6,000人
となっています。
化学系より生物系のアカデミックな研究者が多いのです。
対して『日本の企業の専門別研究者数割合』を見てみます。
企業の研究者の中で、各専門分野の人が占める割合です。
電気・通信分野の研究者は、企業研究者の26.6%を占めます。非常に多い。
化学系は9.7%。なかなかの数値ですね。
ちなみに、農学系を見てみると…
2.9%
生物系は…
1.3%
これが現実。
すなわち『大学でバイオを研究する人は溢れているが、企業では少ししか求められていない』と数字が語っています。
この”少し”に入れるかどうか、大学選びや専攻選び、そして努力、資質が合わさらないと厳しいのです。
なぜバイオは就活に弱いのか②『そもそも専攻の強みも少ない』
研究職の就活ですが、まず大前提として、東大、京大の院生で、面接をしっかりこなせるコミュニケーション能力があれば全く問題ありません。
そもそも『勉強ができることが前提』の研究職ですから、学歴が効くのは当たり前です。
ただ、私立中堅でも大手研究職に決まる人はいます。
しかし、その多くは学内トップの成績やハイレベルな資格を持っている、あるいは何か実績を残している人です。
その前提で、バイオテクノロジー専攻の研究の弱さについて解説してみましょう。
学歴の話をしましたが、研究職ではもちろん研究内容も見られます。
最初に結論を言うと、
『バイオテクノロジーを研究していることが、就職にプラスに働くことはほとんど無い』
と考えてください。
もちろん、植物の育種を研究している人は、種苗会社に決まりやすいと思います。
企業にバッチリ合う研究をしている場合は例外として置いておいてください。
生物・農学系でも、研究職に比較的強い専攻はありますが、その多くはバイオ以外に強みがある学部です。
つまり…
『僕、バイオ専攻だけど、分析化学に明るいです!(農芸化学)』
『僕、バイオ専攻だけど、量産化の知識あります!(生物工学)』
『僕、バイオ専攻だけど、薬物動態にも詳しいです!(薬学部の生物系)』
『僕、バイオ専攻だけど、プログラミングや統計解析できます!(バイオインフォマティクス)』
という形。
上述の通り、『生物の専門家』が企業の研究者になるのは、非常に狭き門です。
少し明るい話をすると、生物以外の強みがあれば、重宝する人材にもなりうるとも言えます。
企業にとって、基礎研究しかできない人は扱いづらいのも事実…
生物は理解しておいてほしいけど、それだけでは…って企業は結構多いものです。
スキルの幅…と言う意味では、この記事で素晴らしいことが書かれてます。
その大学を出た時、自分の武器として何が残るか?
よく考えるべきだと思います。
『バイオを学びたいけど、就活ではあまり苦労したくない…』
って人は、少し広い目で、大学、学部を選んでみてはいかがでしょうか。
農学、理学、生命科学って名前が無くても、バイオを学べる学部はあります。
バイオ(生物系・農学系・水産系)専攻者の就職難易度 | 農学系の大学編入講座(仮)
ここにも面白い記事があったので参考までに。
なぜバイオは就活に弱いのか③『視野が狭い?自信がない?』
私も企業研究者の端くれですが、採用を担当したこともあります。
研究によほど力を入れていないメーカーでなければ、そこまで研究内容は選考を左右しません。
(バイオが”プラスにはならない”と言うだけ)
それよりも、しっかりと研究内容を話せるかが重要です。
しかし、バイオ系にはこの部分を出来てない人が結構多いのです。
特に『その研究が何に活きるか』をちゃんと話せない人が多いのです。
化学、機械系では、研究の応用展開がわかりやすいですよね。
この化合物ができれば、画期的な自動車の塗料に応用できます、といった具合です。
その点、バイオ系の基礎研究では、研究分野の本当にすみっこを実験していることも多くなります。
例えば、
- この研究は…
- この研究分野のここの部分に当たります…
- そのため、こういう応用展開が考えられ…
- 我々の生活にこう役立ちます
こう答えたいところを、バイオ系の人は2か3で止まりがちなのです。
隅の隅を研究してようが、応用展開はデカいところまで言っていいんですよ。
言えないと『この人は自分が何の研究してんのかわかっているのだろうか』って思われるかもしれません…
博士課程の底なし沼
『ピペド』って知ってますか?
リンク:国会で「ピペド」が話題に 若手研究者がキャリアを積めない「ブラック環境」で実験繰り返す
低年収・任期制で「使い捨て」にされるポスドク
実は「ピペド」とは、2ちゃんねるの生物板を発祥とするインターネットスラング。
少量の液体を吸い上げて他の容器へ測りとる「ピペット」を使って、朝から晩まで実験を続ける生命科学の研究者を「ピペット奴隷」(あるいは土方)と揶揄する言葉だ。
言い直すと、
『バイオで博士課程に進むと、朝から晩までピペット作業。論文書ける人も一握り。社会的にもスキルとして認められにくく、ポスドクなんて1年契約の非正規。アラサーまで学生で奨学金返済も溜まってるし、人生詰んでない?』
という人たちを揶揄した言葉です。
実験や操作がしっかり出来るという事は研究職にとってはすばらしい事です。
しかし、単位操作だけの毎日になってしまうと、得られるものはほとんどありません。
博士課程に進んだと思ったら、ただの『作業員』扱いになることも…?
バイオ系の博士課程の沼は深いのです(白目)
『博士が100人いる村…』最新版
これはかなり前に動画でも話題になりました。
国の調査を基に、博士課程の『その後』を簡単に説明したものです。
これを、新しい資料で言い換えてみましょう。
参考:学校基本調査-平成27年度(確定値)結果の概要-:文部科学省
- 博士は今年16000人くらい産まれました!
- 100人のうち、68人は就職します!
- ただし、16人は、期限付きの非正規雇用(ポスドク等)です。
- 100人のうち、6人はアルバイトなどの一時的な仕事をします。
- 100人のうち、18人は、進学も就職もできません。(無給の研究員など?)
- 100人のうち、8人はよくわかりませんでした! (その他扱い:進学、研修医、不明者を含む)
なお、これは全分野の博士課程全体の話です。
博士課程だけで言えば、バイオよりも文系の方が悲惨かもしれませんね。
就活うまくいかなかったから…という単純な理由で博士課程まで進むのはオススメできません。
”ネガドク”(ネガティブな理由での博士進学)とも言いますね。
明確な目的とビジョンが無いなら、博士課程に進むべきではないでしょう。
バイオ系就職に失敗してもリベンジするには
僕は、最初の会社に就職して3年弱、いわゆる第二新卒で転職しました。
職種は生産技術職から研究開発職に。
バイオ系の研究開発職は本当に狭き門でしたが、生産技術職として実績を積んだところ、第二新卒では大手メーカーの中途採用求人が大量に流れてきました。しかも、もともと希望していた研究開発職の書類選考もどんどん通過します。
- 最初の3年である程度の実績を残せた
- 新卒よりもビジネスを理解している
- まだ若手であるため、自社にも適応しやすい
- 自社にない技術を知っている人材は貴重
ということが重なり、研究開発職としてかなり需要が高い人材だったと気づいたのは後からでした。
企業のバイオ系研究者(食品、製薬、化成品など)では新卒採用は非常に厳しいです。
しかし、たとえ大手メーカーに入社できなくても、関連するフィールドでしっかりキャリアを積めば、転職でリベンジするチャンスはいくらでもあるのです。
筆者が第二新卒で利用した転職ツールは以下の記事でまとめています。
特に、食品メーカーに就職&転職を決めたい人は、以下の記事もぜひお読みください。
大手食品メーカーへの就職&転職に必要な事を現役社員がまとめてみた
バイオ系の専攻では、新卒で就活がうまくいかなくて『もうダメだ…』と思ってしまう方は多いかもしれません。
しかし、新卒採用だけでキャリアが決まるわけではありません!僕はそう実感できました。
まずはしっかりと実績、スキル、知識を身につけ、本当に自分のやりたいキャリアを追求できるよう、準備しておきましょう!
おわりに
バイオ系卒業=暗い未来
というだけではあまりにも悲しい…
博士やポスドクだけではなく、修士からのメーカー研究職、第二新卒での転職、公務員試験など、バイオ系のキャリアだっていくらでも拡げられるはず。
バイオ系専攻の発展を心から望んでいるのは事実ですが、それはバイオ系を卒業した人がしっかりと充実したキャリアを重ねられるかにかかっています。
厳しい部分もありますが、将来が最も期待されている、そして産業に貢献できるフィールドの1つがバイオテクノロジー。
このフィールドで少しでも良い人材が、良いキャリアを作れることを願っています。それでは。
コメント
子供がMARCHの農学部に在籍し、企業の研究職に就きたくて大学院進学を考えています。しかし、上記の記事に示されたようにそれは大変な難関なのですね。
子供が生物系の学部に進学した時から就職のことを案じていました。子供が好きな分野ということで半分諦め気味ですが、この先どうなることやら。心配の種は尽きない。